表題作の「エルメス伯爵夫人の恋」は、十四歳年上のエルメス伯爵サンテに後妻として嫁いだプリュネルの話が、三人称の部分と乳母マ・メールによる手紙の形をとった一人称の話を交互に重ねてある。結婚生活をまもり、堅実な家庭を作り上げることを理想として毎日努力していたプリュネルだったが、夫には若い愛人がいた。プリュネルが自分の作り上げようとしていたものに虚しさと絶望を感じていたときに、彼女の目の前に現れた青年との短い言葉のやりとりで、一瞬にして生涯初めての恋に落ちた。それは愛がないとはいえ夫のある彼女にとって、二重の意味で禁断の恋だった。それでもあきらめられず、理性を食い破るような恋情に苦しむプリュネル。そして恋のなすがままにとった行動は、彼女自身だけでなくすべてを破滅に落としこむ結果となった。それでも恋は、成就したといえるのか。どことなくアンナ・カレーニナを思い出させるストーリーだった。
二作目の「最後の接吻」は、フランス革命のさなかで処刑役人として働くシャルル・アンリの物語である。処刑人の家に生まれついたが故に周囲の差別にさらされ、しかも本人の気質も温和で静寂を好む性格だったにもかかわらず他の職業につくことはできなかったシャルル・アンリ。彼は長年市民として敬愛していた国王のもとで役人として働いていたが、革命により国王をその手で処刑した。そして今日、幼い日に恋した少女であり、娼婦でありながら国王の寵姫にまで登りつめたジャンヌ、デスタンプ公爵夫人を処刑するのだ。シャルル・アンリとジャンヌの会話を、そしてシャルル・アンリの追憶する過去を通して、ジャンヌの半生を追う。それは同時にジャンヌとシャルル・アンリの性格を浮き彫りにしていくことにもなった。だが二人に残された時間は、処刑台までのほんの僅かな間に過ぎない。シャルル・アンリは、自分の命を代償にジャンヌを救おうとする。だが断頭台の上で、ジャンヌはデスタンプ公爵夫人として自分の人生を終わらせる道を選んだ。そしてシャルル・アンリもまた、処刑人としての自分の人生に幕をひくのだ。ストーリーよりも、ジャンヌとシャルル・アンリの性格や語り口が興味深い作品だった。
一気に読ませてくれる、相変わらずの流れの心地よさと描写のわかりやすさ、藤本節である。多分時間がかかっているであろう調査の結晶です。ただ、「ブルボンの封印」ほど背景や風俗が描ききれていないのが残念である。登場人物の心理描写に重きが置かれているから仕方ないのかもしれないが、心理描写もやや説明的に陥っていて、藤本小説の面白さである心理描写を強烈に面白くしてくれる風俗描写や背景の描写が少し淡白に感じる。しかし、小説の設定や展開の面白さは相変わらずである。どちらかというと「最後の接吻」の方が面白かった。